新型コロナウイルス感染症のまん延に対応した緊急経済対策として、国民1人当たり一律10万円を給付する「特別定額給付金」について、マイナンバーカードを使用したオンライン申請を停止する自治体が相次いでいます。その理由は、政府が

「オンラインの方が迅速に給付できる」

と推奨したにもかかわらず、実態として、自治体における

「申請内容の審査作業に時間がかかる」

ことです。これは、簡単に言えば、机上の理論で理想形を描いていた政府や霞が関と、実際に作業を行う自治体との間の温度差があまりにも大きかったことに由来します。

どこかで、何度も聞いたような理由です。

「このシステムを導入すれば、作業が効率化される/売上が伸びる」

と経営トップや情報システム部門、ITベンダー等が明るい未来を提示したにもかかわらず、

「システムを使うことで作業が増えて、余計な時間がかかる/待ち時間が発生する」
「システムから必要な情報が表示できず、業務の状況がかえって分かりにくくなった」
「結局は紙出力して業務を行っている」

といった現場担当者からの悲鳴が上がるという図式です。

現在、国内企業はデジタル化に取り組むデジタルトランスフォーメーション(以下DX)の推進に力を入れています。しかし、実際には今回のオンライン申請の様な事象が散見され、思うような効果が上がらないと感じる企業も多いと考えられます。

今回は各企業で取り組まれているDX推進で同じ轍を踏まない様、この特別定額給付金のオンライン申請における問題点を確認したいと思います。

特別定額給付金オンライン申請の概観と問題点

今回の特別定額給付金オンライン申請について、公開されている資料や報道内容等から類推した全体イメージは以下のように考えられます。

 

大きな流れは以下の通りだと推測されます。

(1)住民はPC、またはスマートフォンを使用して、マイナポータルにアクセスする。
(2)「特別定額給付金」申請画面を開き、申請内容を入力して申請する。(マイナンバーカード使用)
(3)入力された内容はオンライン申請データとして蓄積される。
(4)自治体職員は、オンライン申請データから作業対象の申請データをダウンロードする。
(5)申請データの入力内容を確認し、給付可能か審査する。(住民基本台帳データ利用)
(6)問題が無ければ、金融機関に対する振込依頼データを作成し、送付する。
(7)金融機関は振込依頼データの内容に基づき、申請された口座に給付金を振り込む。
(8)住民は口座の残高を確認し、必要に応じて給付金を引き出す等行う。

一見すると、妥当な流れのように見えます。しかしながら、実際に運用してみて初めて、実は「絵に描いた餅」であったことが分かるのです。もちろん、今回の給付金については政策決定されてから申請開始まで、オンライン申請機能の構築等を考えると期間が短く、かつ制度上の制約等で難しい部分もあったことは理解できるのですが、それにしてもお粗末な仕組みの様に見えます。筆者が考える問題点は、様々あるのですが、大きなものを抽出すると、以下の3点です。

問題①:オンライン申請画面に入力支援機能がない

問題②:オンライン申請画面と住民基本台帳等の情報とが連携していない

問題③:自治体での確認・審査作業を支援する機能がない

問題①:オンライン申請画面に入力支援機能がない

オンライン申請の入力画面を見ると、ほとんどの入力項目が直接文字を入力する、単なる入力用のボックスとなっており、入力作業をサポートする仕組みが確認できません。つまり、紙の申請用紙を単純にブラウザで表示して入力可能画面に過ぎず、単なる「紙の電子化」のレベルに留まっています。

画面入力の際の支援機能は、入力するユーザーの負担を軽減するための機能と思われがちですが、それ以上に重要なことは、「入力ミスを防止する」ことにあります。その結果、後工程となる画面入力されたデータの確認作業において、修正や入力者に対する問合せを最小化することを、大きな目的としているのです。特に今回のオンライン申請は、いわゆる普段情報システムを利用していない一般の人々が利用することを前提しているにもかかわらず、全く配慮がされていないことが大きな問題であると考えます。その結果として、冒頭に述べたように、「申請内容の審査作業に時間がかかる」という事象が発生しているのです。

以下に、オンライン申請と書類申請との双方における入力や記入すべき項目を対比した一覧を提示します。なお、オンライン申請画面については細かくバージョンアップされていて入力項目が変化している可能性があり、書類申請については自治体ごとに異なる可能性があること、ご了承ください。

書類申請の場合、項目の多くは住民基本台帳に基づいた内容が印字されており(上記青背景)、記入項目は連絡先の電話番号と受取口座情報くらいである一方、オンライン申請ではほとんどの項目は自分で入力する必要があります。一部マイナンバーカードからの自動設定が可能な項目がありますが、もし現在の情報とマイナンバーカードの内容が何らかの理由で異なる場合は自分で入力する必要があります。一から入力する項目は誤字脱字等の入力ミスの可能性が高くなります。また、氏名欄は姓名の間に空白入力するよう指示されていますが、入力者によってはその空白が全角スペースだったり、半角スペースだったりするでしょうし、空白を空けない入力者もいるはずです。であれば、最初から姓と名それぞれの入力項目を設けるべきです。

オンライン申請では代理人による申請はできませんが、それをこの入力画面から読み取ることは難しい様に見えます。「氏名」を「世帯主名」に変えるだけで注意喚起可能になるはずです。マイナンバーカードだけでは世帯主かどうかの確認はできないため、結果として自治体での確認・審査の際に負担が増えることにつながります。

また、報道等によると、同じマイナンバーカードを使用して繰り返しオンライン申請を行う二重申請、重複申請も可能なようです。重複申請が発生した場合、既に申請済みであることを明示することは技術的に難しいことではないと考えますが、仕組み上何らかの理由で制御できない可能性もあります。

結果として、今回のオンライン申請は入力が煩雑でかつ、入力ミスも起こり易い、使い勝手の良くない画面であることが分かります。

問題②:オンライン申請画面と住民基本台帳等の情報とが連携していない

上記で示した通り、書類申請の場合はあらかじめ住民基本台帳に基づく世帯等の情報が印字されており、申請者が記入する項目は最小化されています。それでは、オンライン申請の入力画面で同じことがなぜできなかったのでしょうか。それは技術的な問題ではなく、制度上の課題となります。

マイナンバー制度に基づいて構築された、行政機関と自治体のシステム間で住民データをやり取りする情報提供ネットワークシステムでは、自治体の保有する基本4情報(氏名、住所、性別、生年月日)をオンライン上で送信しないという運用ルールがあるようです。これは、マイナンバー制度を導入する際の争点の一つとなったプライバシー保護に関連して、セキュリティを確保するための措置だとされていますが、結果として今回の特別定額給付のオンライン申請では、申請者の入力負担を軽減するため、書類申請で印字したように画面上に世帯主や給付対象者を表示することができなくなってしまいました。

そもそも、「全国民に対して現金給付するための申請をオンラインでも受け付ける」という今回の事態はこれまで想定していなかったことに由来するため、今回のオンライン申請の様に使いづらい画面となってしまったのですが、そもそも世界最高水準の電子政府を構築するという目標の下で様々なシステムやネットワークが構築されている以上、「想定していないからできません」ではなく、不測の事態に対して柔軟に対応できるような仕組みやルールを検討しなければならないと考えます。

問題③:自治体での確認・審査作業を支援する機能がない

さて、オンライン申請されたデータは蓄積され、各自治体でダウンロードして内容を確認し、審査するという流れになります。基本的にこの作業は手作業となりますが、残念ながらこれを支援するIT機能は存在していない様です。余裕のある自治体は独自で確認用のツール等を構築しているようですが、それ以外の自治体はすべて手作業で行っているとお聞きしています。

問題点として、申請入力を行う機能と対になる自治体の仕組みを併せて構築しないことは、IT化されていないのと同義であり、「迅速に給付できる」ことは困難であると言わざるを得ません。オンライン上で同時に何人からでも申請受付を行うことができても、その後の対応が手作業であれば、そこで「迅速さ」は失われてしまいます。さらに、「問題①」でもたらされる入力ミス等の不適切なデータの対応に追われると、作業を進めることさえも困難になってしまいます。オンライン上で世帯情報を表示できなくても、蓄積された申請データに対する妥当性のチェックや住民基本台帳との突合(これも問題ありと言われるかもしれません)、あるいは受取口座の存在チェック等、IT処理で対応可能な作業は多数あるはずです。少なくとも、自治体でデータを確認する際に、不適切と思われる項目がマークされているだけでもかなりの助けになるのではと考えます。

これは、今回の特別定額給付のオンライン申請の全体像を捉え、どういった流れで手続きを行うのか、行政機関や自治体が保有するどのようなデータを使用するのか、必要とされるIT支援機能は何か、といったことを検討し、デザインする者がおらず、それぞれのプレーヤーがそれぞれの担当範囲で個別に対応していることに由来していると考えます。

もう一つ、特別定額給付のオンライン申請で留意すべきなのは、マイナンバーカードに関する課題です(概要図「注」)。報道等によると、冒頭の「オンラインの方が迅速に給付できる」という政府発表の元、マイナンバーカード作成の申請や、パスワードの初期化等、マイナンバーカードそのものに関する手続きで窓口が混雑する自治体が多数発生したとのことです。このことは、マイナンバーカードが普及しておらず、かつ利用頻度も多くないことの裏返しだとも考えられます。もし、マイナンバーカードが普及していたら、特別定額給付のオンライン申請に関する騒動はもっと大きなものになっていた可能性があります。そのためには、マイナンバーカードの利用環境についても何らかの工夫が必要だと考えます。

デジタルトランスフォーメーションの取組に向けた考察

以上、特別定額給付のオンライン申請に関する弊社の見解を述べてきましたが、冒頭に述べた通り、企業や組織の様々な局面で同様の事象が散見されます。最近は、企業の生き残りと競争優位獲得を目指したDXを推進する動きが活発ですが、実際に内容を見ると、ビジネスモデルやビジネスプロセスを変革するような活動となっておらず、

「紙で管理している内容をデータ化しただけ」
「IT部門やIT業者が勧めるシステムやツールを導入しただけ」

というようなケースが多く、一昔前のIT化、情報化、あるいはペーパレスといった活動と大差ない内容であり、しかも期待値以上の成果を上がらない、という状況にあると考えます。これは、DXを単なるデジタル化と同義にしか考えていないため、だったらIT部門やIT業者に任せればいい、という発想だからです。DXの「Transformation」は確かに「変化」「変革」という意味がありますが、これは単に紙をデータ化するという矮小な範囲に留まるのではなく、データやテクノロジーを用いて業務全体、あるいは企業や組織全体を大きく変えていくことが本来の目的です。そのため、IT部門だけでなく、事業部門や企画、バックオフィスなど、様々な部門が協業して対応しなければなりません。

例えば、販売プロセスを例にすると、リアル店舗から紙伝票や電話・FAXで注文情報を受付け、その後同様の手段で在庫引当、発送するまでのプロセスで、社内の個々のプロセスをシステム化し、それぞれのデータベースを相互連携したものが、これまでのIT化の姿だと考えられます。これにECサイトを構築して注文自体をデジタル化するという発想は、特別定額給付のオンライン申請と同様、入り口だけをデータ化したに過ぎず、後工程は変わらないので、大きな効果を期待することは難しいと考えます。むしろ、社内のプロセスや担当者が複数のチャネルにうまく対応できないと、却って煩雑化するリスクもあります。一方、DXによる考え方は、様々なテクノロジーを積極的に採用し、既存の業務自体をも変えてしまうことも視野に入れます。下図は概略を示したものです。(具体的な内容は個々の企業・組織の業種や業務内容、カルチャーなどで変わります)

繰り返しになりますが、DXを推進するためには、IT部門やIT業者に「お任せ」ではなく、経営層から現場の担当者までが目的を共有し、協業して対応することが重要です。経営層は事業戦略やDX推進に向けた目的を明確に提示する必要があります。IT業者は様々なテクノロジーを提供することは可能ですが、それをどう使うかは業務の管理者や担当者が考えるべきです。また、顧客満足度やCX(カスタマー・エクスペリエンス)を向上させたい場合は、顧客のことをよく知る業務部門やマーケティング担当者等が主導するべきです。そうでなければ、多大な投資に見合った効果を得ることは難しいばかりか、既存の業務レベルやサービスレベルを維持することさえも難しくなる可能性があります。

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