作成日:2014/4/24

2014年4月12日、将棋のプロ棋士5⼈と5つのコンピュータ将棋ソフトが対決する団体戦『第3回 将棋電王戦』が閉幕しました。最終結果はプロ棋⼠側の1勝4敗であり、過去の2回と同様、今回もコンピュータ側の勝利に終わった形となりました。
対戦結果は以下の通りです。

局数  プロ棋士     コンピュータ  対戦場所
第1局 菅井竜也五段 ●  ○ 習甦     有明コロシアム
第2局 佐藤紳哉六段 ●  ○ やねうら王  両国国技館
第3局 豊島将之七段 ○  ● YSS     あべのハルカス
第4局 森下 卓九段 ●  ○ ツツカナ   小田原城
第5局 屋敷伸之九段 ●  ○ ponanza   東京・将棋会館

今回は前回までの対戦を踏まえ、以下の様に棋士側に有利に働く対戦ルールも設けられました。
・コンピュータのクラスタリングは認められず(前回は679台のパソコンをクラスタリングしたソフトもありました)、主催者の準備するパソコン1台で対戦する(とはいえ、インテルCore-i7、64GBメモリ等々、高スペックなのですが)
・棋士側に対して事前に対局するソフトの貸し出し提供を義務付ける(棋士側は本番前にいくらでも模擬対局が可能となる)

⼈間とコンピュータが将棋を指したらどちらが強いのか、そのシンプルな疑問に答えるために始まったと言われる電王戦ですが、これまでの対戦成績を見ると、現在のコンピュータ(及び将棋ソフト)は一般的なプロ棋士と同等以上の実力があると考えられます。

コンピュータの進化により人間の仕事は奪われるのか

1997年にIBMのDeep Blueが当時のチェス世界チャンピオンに勝利しましたが、将棋ではコンピュータが人間に勝つのは難しいと言われていました。将棋では取得した駒を再使用できるため、個々の局面での選択肢がチェスより圧倒的に多く、当時のコンピュータの処理能力では不十分であったからです。

この将棋電王戦のニュースを聞いて思い出されるのが、昨年「能力を拡大していくコンピュータに人間はますます仕事を奪われる」というようなキャッチコピーで話題になった「機械との競争」という書籍です。この中で筆者は、アメリカ経済が回復する中で雇用が回復しない要因として、生産性や成長をけん引するテクノロジーがあまりにも進歩しすぎて、逆に雇用を奪っているという雇用喪失説を提示します。コンピュータはこれまで得意としてきた定型的な計算処理等のルールに従う作業ばかりでなく、不向きとされていたパターン認識やコミュニケーションを要する作業も実施可能となり、人間の作業領域を侵食するようになった結果、人間に残されるのは、熟練を要する肉体労働と、問題解決能力や創造力を必要とする知的労働の分野になると論じています。

本書ではテクノロジー進化の一例として、自動車の自動運転を取り上げています。2004年に行われたDARPA(米国国防総省国防高等研究計画局)グランドチャレンジでは8時間以上かけた結果、約12kmしか走破できなかったのですが(参照)、2010年のグーグル公式ブログでは完全自動運転車で約1,600km、運転者の最小限のサポートで約22万kmを走破したとされています(参照)。現在では各自動車会社で自動走行の取り組みが行われており、一部では公道での実証実験も行われています。

結局のところ、チェスや将棋にしろ、自動運転にしろ、現時点でコンピュータが行っているのは、事前に定義されたルールをプログラムに盛り込んだ上で、蓄積されたデータや周囲の状況を特定するセンサー情報等を収集して高速に処理しているのに過ぎないのであり、処理に使用するデータ収集量や処理速度が一昔前に比べて指数関数的に増大し続けているだけだと思います。つまり、ある意味コンピュータの「力技」で昔では考えられなかった膨大な処理が行われていると考えます。一方で、この「力技」で対処できる作業とその担い手は、テクノロジーに駆逐されていく可能性はあると思います。

将来は機械に置き換わるか

産業革命の時代にも新しく現れた蒸気機関の前に、肉体労働者や輸送手段としての馬・牛が駆逐されましたが、一方で新たなスキルや職種が必要とされ、結果としてより多くの労働者が必要となりました。「機械との競争」の筆者も機械と対抗する競争ではなく、機械と手を携えた競争を行うべきであり、そのためにはテクノロジーの進化に耐えうる組織革新(新しい組織構造や業務プロセス、企業家育成)と人的投資(新しいスキルの習得)が必要だと説いています。そして、最終的にはテクノロジーは⼈類を豊かにするという楽観的かつ概念的に結論付けられています。
確かに効率性や確実性、安全性を追求すれば、テクノロジーに置き換わる領域は今後も増大していくことになると思います。一方で、昨今話題のデータサイエンティストの様に新たな労働力の需要も創出されていくことになると思います。
また、将棋やチェスのようなエンターテイメントの要素を含む行為については、単に強さが求められているのではなく、対戦の中で垣間見える人間味溢れた苦しみや喜びの感情や、ドラマ性によって引き起こされる感動が求められているため、機械に置き換わることは難しいと思います。事実、チェスの大会は廃止されることなく、継続して開催されています。自動車の自動運転にしても、トヨタのプレスリリースを見ると、「クルマを操る楽しみを損なうことなく、安全・安心な移動手段を提供」と書かれています(執筆当時)。
もちろん、将来的にはテクノロジーによって感動を与えられるような領域に進化する可能性も無いとは言えません。その時、我々は機械と人間との勝負を楽しめるようになるのでしょうか。