現在、企業活動のあらゆるプロセスに情報システムが介在して様々なデータを収集し、保存、蓄積しています。その蓄積されたデータにアクセスし、分析することで企業活動の現状を把握するとともに将来を予測に役立てることができます。その分析結果を用いて、企業の様々な階層で、勘や経験に依存する意思決定から、データ分析に基づく合理的な意思決定に移行しています。そして現在、IoT(Internet of Things)やソーシャルメディアなどの多様なデータソースから獲得される、いわゆるビッグデータの活用が注目され、多くの企業がビッグデータの収集、分析、活用のために多額の投資を行っています。
しかし、こうして収集された大量のデータを高速かつ多様な分析を行って意思決定に活用できていると考える意思決定者はどのくらいいるでしょうか。分析の速度や多様性はデータ基盤や分析ツールへの投資で解消は可能ですが、大量のデータを操り、複雑な分析を行い、意思決定につなげる人材がいなければ、多大な投資に見合った効果が表れないばかりか、逆に大量のデータに溺れてしまい、誤った意思決定につながる可能性もあります。
今回はこうした大量のデータに溺れることなく、効果的にデータ分析を行い、意思決定につなげるためのポイントについて確認します。

データ分析を有効活用する意思決定者の特徴

組織ではエグゼクティブから現場のリーダーまで、様々な階層にそれぞれの職務に応じた意思決定者が存在します。そもそも、意思決定者は何に基づいて様々な判断を行っているのでしょうか。
以前米国で行われた調査では、データ分析結果を信用せず、自分の直観に頼る意思決定者が全体の約2割、逆にデータ分析結果に絶対的な信頼を置く意思決定者が全体の4割以上を占めており、データ分析と自分の直観をバランスよく意思決定する者は3割強であるという結果が出ています。直観に頼っている者は一方的に判断を下すことが多く、一方でデータを重視する者は全体のコンセンサスを大事にするという傾向にあるようです。
意思決定者のデータ分析に対する考え
組織としては真ん中のバランス型人材を育成することが重要です。このバランス型人材の特徴としては、優れたデータ分析のスキルを有しており、他人の意見も聞き入れつつ、必要に応じて自らも主張できることです。なお、エグゼクティブ層に限れば、約半数がバランス型に該当しており、また、バランス型人材の多い部門では、売上等の業務結果や効率性、成長率など様々な指標で良い結果をもたらすという傾向があります。
さて、上記の意思決定者の特徴による分布状況は、米国での調査結果でしたが、仮に日本で調査した場合はどのような結果になるでしょうか。これは私見ではありますが、以下の様な結果になると考えます。


(1)データ偏重主義の意思決定者の割合が大きい

今の日本企業の意思決定者を見ていると、データに基づく指標値や分析結果に依存し過ぎる傾向があるように感じます。それは、データ分析結果の客観性が高いと考えられているからです。しかし、生データならともかく、データを分析することは何らかの観点や意図をもって行われるため、データ分析者の主観が少なからず含まれているはずです。また、単純にデータを集計した結果をもって多い、少ないという判断をすることも散見されます。分析結果に対してなぜ、どうしてこのような結果になったのかという考察を行うことが少ない気がします。


(2)データ分析に頼らない意思決定者の割合も大きい

こちらについては、経験則や直感に頼るあまり、予定調和を期待するケースが多いように感じます。これまでのやってきたことを続ければ、今までと同じような結果が出るという線形関数の様な考えは、成長期であった時代は成立していたかもしれません。しかし、現在の様に事業環境が素早く大きく変化する時代では、非線形な結果となりがちです。頑張れば結果はついてくるのではなく、何か工夫をしなければ結果がついてこない時代だということを理解できていない意思決定者も多いと感じます。

データ活用を阻害する要因

それでは、データ分析のスキル持つ人材の育成を行えば、ビッグデータの活用に向けた多額の投資を回収するような効果が生れるでしょうか。組織におけるビッグデータの活用を促進させるためには、組織にある幾つかの阻害要因を解消する必要があります。


阻害要因1:分析ツールを使いこなせる人材が少ない

組織の多くは、IT部門も含めて、高度な分析ツールを導入しても自力で使いこなせる人材は限定されていることが多いと考えます。それどころか、Excel等の表計算ソフトによる分析スキルを有する人材も少数派であり、多くは与えられたテンプレートによる作業に終始しているでしょう。
より高度な分析ツールを導入する場合、以下の対応のいずれかが行われます。
ことが多いでしょう。
・部門内での選抜者による分析スキルの習得
・当該ツールに見合った分析スキルを有する人材の新規雇用
・分析作業自体の外注化
しかし、いずれの手段を用いても、分析スキルの習得者は限られた範囲に留まり、組織全体に浸透することはほとんどありません。外注化については、分析スキルやノウハウそのものが組織に残りません。つまり、ツール導入による投資はごく限られた人材や外注業者に対して行われることになるため、多くのリターンを望むことは難しくなります。


阻害要因2:IT部門は「技術」偏重となりがち

業務システムを始めとするIT機能やツールは、事業部門がビジネス上のニーズを明確にし、その結果をIT部門が受けて技術的な要素を追加して構築しています。このビジネスニーズには業務で使用、参照される情報も含まれており、IT部門ではそれらをデータ項目として技術的な再定義を行います。しかし、事業部門で扱う情報のすべてがシステム化される訳ではないため、IT部門は事業部門が取り扱う情報の一部を認識しているに過ぎず、しかもその枠の範囲内に留まろうとします。つまり、IT部門は事業部門のニーズをIT化する技術(Technology)のスキルや知識は有していますが、社内で取り扱う情報(Information)やプロセスのすべてを認識している訳ではありません。
ビッグデータを取扱うための情報の収集や分析を、「餅は餅屋」という考えで安易にIT部門に任せるケースも多いですが、うまくいかないのはIT部門が業務の全容を知らないからです。


阻害要因3:信頼性の高い情報を見つけることは難しい

組織が収集する情報やシステム化されたデータは、データオーナーである部門以外からアクセスすることは難しく、他の部門にどのような情報やデータが保管されているかを認識することは困難です。特に最近では、ソーシャルメディアの普及、ECなどの新たな販売チャネルの創出、スマートフォンなどのデバイスの増加、といったことが原因で、データを分析するためのコンテンツを把握し、収集、活用することがさらに困難となっています。


阻害要因4:経営陣は組織の人材や資産を管理するほど効果的に情報を管理していない

先ほども述べたように、経営陣や事業部門はシステム化された情報の収集、分析をIT部門に任せてしまう傾向にあります。しかし、IT部門はITに流れてくる情報をデータ化し、蓄積することが主要な業務であり、情報そのものを理解することはあまり行っていません。よって、ビッグデータを活用するための投資をIT部門中心に行っても十分な効果は出にくい状況です。また、その事実を理解する経営陣も少数派だと考えます。

収集したデータを効果的に活用するには

上記で述べた阻害要因を乗り越えて収集したデータを効果的に活用するために組織が注力すべきことは以下の通りです。


・従業員のデータリテラシーを高める

これは、単純にデータ分析の研修やワークショップを行うという意味ではありません(基礎知識として習得することは必要ですが)。阻害要因で述べたように、データ分析作業が一握りの集団によって行われることが多いのは、担当者をスキル重視で行うからです。もちろん、担当者のスキルをさらに高度化することは重要ですが、さらに重要なのは獲得したスキルを組織内に拡散させるため、他の従業員と積極的にコミュニケーションをとり、コーチングを行うことです。そしてそのコミュニケーションの範囲は時には組織の枠を超えて部門横断的に、時には階層の枠を超えて上司にも提供することが必要です。
その結果、組織内の最適なデータを取得し、局面に応じた適切な分析を行い、意思決定に活用するというプロセスがある程度明確になります。そのプロセスを標準化し、組織の知的資産として定着化させることで、組織のあらゆる階層で適切な意思決定を行うことが可能となります。


・意思決定に必要とされる機能を有するツールの提供

上記の意思決定プロセスを実現するには、データ分析ツールが意思決定を行う上で適切かどうかが重要になります。一般に組織内で管理されているデータは、本来使用されるべき業務に適したフォーマットとなっており、分析対象とする領域以外の情報も含めて提供されるため、直接分析作業で使用することが難しい場合が多く、データ抽出やデータ加工の作業が必要とされます。また、分析結果を単純に数字で確認するのか、直観的なイメージとして提示するのか、という選択も必要になります。後者の場合は資料作成の時間が必要になるため、ここで時間を費やすと意思決定の時間が十分に確保できなかったり、手遅れになったりすることもあります。
そのため、分析ツールには、必要とされるデータだけを抽出するフィルタリング機能と、データの見せ方や分析結果を簡易かつ直感的に実施可能な視覚効果機能だと考えます。
分析ツールのもう一つの観点として、従業員の分析スキルに見合ったツールが必要とされることです。データ分析スキルを組織内に広げるといっても、データ分析を主たる業務とする担当者と、業務の一環で分析作業を行う担当者とでは分析スキルに差があって当然なので、それぞれのレベルに合わせた分析ツールを提供すべきです。組織の実情に合わせて分析ツールを選定することにより、個々の従業員の要求による分析ツールの購入は抑制され、結果として適正なコストの範囲に収めることができます。

最後に

データ分析は今や意思決定プロセスの重要な要素の一つであり、これをさらに拡大したビッグデータの活用に多額な投資が行われています。一方で、思ったほどの効果が表れないと考えている企業も少なくないでしょう。そのような企業は往々にして、日常の業績データの分析のレベルで課題が内在しているものです。
多額の投資でデータを格納する大規模なストレージや高度なツールを購入しても、組織のプロセスや人的スキルがこれに対応できていなければ、大量に流入するデータに溺れてしまい、分析ツールは宝の持ち腐れとなり、やがて陳腐化してしまいます。
データ分析は単なるスキルではなく、業務と密接に関連するものであり、業務上の目的や目標に基づく仮設設定をしないまま分析作業を行っても、意味の無い数字の羅列が出るだけであり、時には判断をミスリードする結果となりかねません。結果として意思決定者は明細の数字を積み重ねただけの数値データのみを信頼し、データ分析に頼らず自らの直観を信じて意思決定を行うという事態に陥るのではないかと考えます。
近年頻発する企業不祥事についても、意思決定者は売上が低い、コストが高い、といった見た目の数字しか確認せず、その数字がなぜこうなった、という分析を十分に行わない一方で、担当者たちは見た目の数字を目標値にするために安直な方法を選択していることにも一因があるのでは、と思います。
結局のところ、多額の投資を行い様々な設備を整えても、これらを操る人間のスキルが見合わなければ投資が無駄になるばかりでなく、組織の動きを決める様々な階層の意思決定において、誤った結果を導くことになりかねないことを、経営層や事業責任者は認識すべきであると考えます。

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