作成日:2015/02/02

先週、経済産業省より、営業秘密管理指針が全面改訂され、公開されました。これまでは90ページ近くあった指針が20ページとコンパクト化し、非常に読みやすい文書となりました。
近年、企業の持つ重要な情報が不正に持ち出される事件が増加しております。昨年であれば、このコラムでも取り上げましたが、東芝のフラッシュメモリーに関する研究データを海外に流出させた事件や、ベネッセコーポレーションの顧客情報漏えい事件が記憶に新しいところです。流出した情報に対して差止め等の法的措置を定めているのが不正競争防止法ですが、その前提として、当該流出情報が営業秘密として管理されていることが必要です。社内の重要情報に対して、営業秘密として法律による保護を受けるための必要最低限の水準の対策が営業秘密管理指針に取り纏めてられています。
従来、営業秘密は人為的に持ち出されることが多かったのですが、社内文書のデータ化が進むとともに、サイバー攻撃による情報漏えいも増加してきております。そのため、情報セキュリティ面での対応も必要とされてきています。
今回は「営業秘密」について簡単に振り返るとともに、新しい営業秘密管理指針の内容について確認します。

知財管理と営業秘密

一般に企業の技術情報などの知的財産を保護するための制度として、特許法に基づく特許権を頭に浮かべる方々が多いと思います。確かに特許権は登録することで権利を明確にし、一定期間は排他的独占権を取得できますが、一方で出願内容は公開され(オープン化)、保護期間満了後は誰でも使用可能となってしまいます。そのため、リバースエンジニアリング等で解析困難な技術情報であれば、当該情報の存在自体を企業秘密とし、非公開にする(ブラックボックス化)という手段も競争優位を実現する選択肢の一つとして考えることができます。こうした秘匿情報に対して制度上の保護を与える要件を満たしたものを営業秘密と呼びます。そしてオープン化した情報とブラックボックス化した情報をどう組み合わせて、トータルとしての優位性を確保するかが重要だと考えられます。
知財のオープン化とブラックボックス化

なお、営業秘密には技術情報ばかりではなく、顧客データや業務上のノウハウやマニュアル、等の情報も含まれます。ベネッセ社の顧客情報漏えい事件で、個人情報保護法が適用されなかったことについて疑問を感じる方々も少なくなかったのではないでしょうか。個人情報保護法では主として個人情報を保有する個人情報取扱事業者の管理等に関して規定されており、顧客情報の不正持ち出しに関しては法の範囲外です。そのため、顧客情報を他社から秘匿すべき営業秘密として取り扱うことで、不正競争防止法を適用したのです。

営業秘密に関する企業の意識

それでは、個々の企業は営業秘密に対してどう考えているのでしょうか。昨年、帝国データバンクが国内企業1万社以上のアンケート調査をもとに「営業秘密に関する企業の意識調査」というレポートを発表しているので、内容の一部を紹介します。
まず、営業秘密の漏えいについてどう考えているか、という質問に対して、8 割以上の企業が「重要である」(「非常に重要である」+「やや重要である」)と回答しました。詳細を確認すると、「重要である」と回答した「大企業」が87.6%、「中小企業」が80.7%、そして「小規模企業」は74.3%となっており、企業規模が大きいほど営業秘密の漏えいに関心が強いことを示しています。また、業種別では「金融」が89.5%で最も大きく、かつ「非常に重要である」の占める割合が最も高い数値を示しました。
営業秘密の漏えいに関する認識

次に、過去5年間での営業秘密漏えいの有無を質問したところ、約1割の企業で営業秘密漏えいの疑いがある(「漏洩事例があった」+「漏洩と疑われる事例があった」)ことがわかりました。また、「漏えい事例はなかった」と回答した企業でも、企業側が気付いていない可能性があるので、さらに多くの企業で営業秘密漏えいの被害を被った可能性があります。

過去5年間における漏えい事例の有無

営業秘密の漏えい防止の取り組み状況について質問すると、「取り組んでいる」と回答した企業は約半数、「取り組んでいない」企業は約1/3でした。特に企業規模が小さくなるにつれ、「取り組んでいない」割合が高くなっております。

営業秘密の漏えい防止に対する取組状況

最後に、営業秘密の管理で、具体的に取組内容について質問したところ、「情報の管理方針等の整備」、従業員や役員、取引先などとの「秘密保持契約を締結」、「データ等の持ち出し制限を実施」がほぼ並んで上位となりました。特に取組中の対応内容としては、ほぼ半数となっています。一方で、情報区分やシステム的な対応については、その手間やコストなどから少ない割合となっています。

営業秘密の漏えい防止に対する取組内容

逆に、取組みを行っていない理由としては、ノウハウがない、人的・金銭的リソースが不足、といった意見がありました。特に企業規模が小さくなるほど取り組む余裕がない状況にあるようです。また、社員を信用する、個々人のモラルの問題、との指摘も多かったようです。

営業秘密の要件

さて、不正競争防止法では以下の3つの要件を満たす情報を営業秘密としております。言い換えれば、以下の3要件を満たすことが不正競争防止法による保護を受ける条件となります。

  1. 秘密管理性:秘密として管理されていること
  2. 有用性:事業活動(生産、販売、等)に有用な技術上、または営業上の情報であること
  3. 非公知性:公然と知られていないもの

この3要件を満たした営業秘密に関しては、刑事上、民事上の措置の対象となります。こちらについては今国会で改正案が提出される予定であり、もし可決すれば、現行法よりも重い処罰になる予定です。
なお、この3要件は国際的な協定である「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定、日本は1995年に加入)を担保するものであり、グローバルでも当該協定に基づいて制度的運用がされています。

営業秘密の要件1-秘密管理性

営業秘密の要件の一つである秘密管理性について、営業秘密管理指針では以下の様に記載されています。

「秘密管理性要件の趣旨は、企業が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員等に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保することにある。」
(「営業秘密管理指針(平成27年1月全部改訂版)」P.3より抜粋)

言い換えると、秘密管理性とは、企業内で限られた者しか存在を知らされていない、等の厳格な秘匿性を求めているのではなく、当該情報が営業秘密として管理されていることを明確にすることです。その理由としては、例えば顧客情報などは共有され活用されることで価値があることから、これを厳格な管理を行うことで円滑な企業活動が阻害される可能性のあること、また、従業員等が何らかの理由で営業秘密に接した際に、営業秘密だと知らせることで不測の嫌疑をかけられないようにすること、等です。
もちろん、情報保護のために何も対応しなくてもよい、という訳ではなく、従業員に明確に示されるよう、経済合理的な秘密管理措置を適用することを求めています。なお、ここでの従業員とは、営業秘密情報に合法的、現実に接することができる従業員であり、必ずしも職務分掌上の従業員だけであるとは限らないことに留意してください。
営業秘密に対する秘密管理措置は、対象となる営業秘密が一般情報から合理的に区分され、かつ営業秘密であることを明らかにされていることです。ここでの合理的区分とは、個々の情報(用紙やファイル)や一覧の項目ごとに営業秘密であるか一般情報であるかの表示等を求めるものではなく、企業内で使用される媒体の管理上、営業秘密を含む情報(営業秘密のみ、または一般情報との混在)なのか、一般情報のみで構成されているのかが判別できれば良いとされています。
また、時には自社の営業秘密を他社(子会社、関連会社、取引先、業務委託先、フランチャイジー、等)と共有する場合がありますが、当該営業秘密に対して法的庇護を受けるには、
自社の秘密管理意思を明確に示す必要があります。一般的には、営業秘密を特定した秘密保持契約(NDA)を締結することで、自社の秘密管理意思を明らかにすることができます。

営業秘密の要件2-有用性

営業秘密の要件の一つである有用性について、営業秘密管理指針では以下の様に記載されています。

「有用性」が認められるためには、その情報が客観的にみて、事業活動にとって有用であることが必要である。
一方、企業の反社会的な行為などの公序良俗に反する内容の情報は、「有用性」が認められない。
(「営業秘密管理指針(平成27年1月全部改訂版)」P.15より抜粋)

事業活動にとって有用であるということは、利用することで経費の節約、経営効率の改善、等に役立つものであることを指します。これは、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することに主眼があり、現時点で事業活動に使用/利用されていることは求められていません。また、ビジネスに対して間接的、潜在的な価値がある情報(例.失敗の知識や情報)にも有用性は認められます。

営業秘密の要件3-非公知性

営業秘密の要件の一つである非公知性について、営業秘密管理指針では以下の様に記載されています。

「非公知性」が認められるためには、一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないことが必要である。
(「営業秘密管理指針(平成27年1月全部改訂版)」P.16より抜粋)

上記の記載は言い換えれば、入手可能な刊行物に記載されていない等、情報保有者の管理下以外では一般的に入手できない状態です。なお、営業秘密の保有者とは異なる第三者が、同種の営業秘密を独立に開発/作成した場合、当該第三者が秘密に管理していれば、非公知性は保たれると考えられます。
また、営業秘密を構成する情報の断片が様々な刊行物に掲載されており、これらを収拾することで当該営業秘密に近い情報が再構成される場合でも、非公知性が否定される訳ではありません。つまり、その情報の組み合わせ方法自体に有用性があり、営業秘密となりうるからです。

最後に

営業秘密はそれぞれの企業における競争力の源泉となるものです。現在、今国会で不正競争防止法の改正に向けて活動していますが、あくまでも罰則の強化等、抑止力としての対応が中心となります。つまり、企業の様々な創意工夫や経験の集積である営業秘密は、最終的には自分たちで守らなければならないものです。そのためにはこの営業秘密管理指針の内容を把握した上で、自社の事業環境や社内風土に適した、実効的な管理を整備、構築し、運用する必要があると考えます。
なお、この営業秘密管理指針の内容はあくまでも制度上の保護を受ける最低限の対応について記載された文書であり、この内容だけでは情報漏えいの防止対策としては十分でないことに留意ください。経済産業省では今後、漏えい防止対策等を取り纏めた「営業秘密保護マニュアル」(仮称)を策定、公開する予定とのことです。
また、海外で発生した事案については当該国の法制度が適用されることに留意ください。

参考:経済産業省、営業秘密 ~営業秘密を守り活用する~ のページ(当ページに営業秘密管理指針もあります)

上記内容に関するご相談やお問い合わせについては、「お問い合せ」のページからご連絡ください。

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