国内のITユーザー企業における IT投資やIT 戦略などの動向を定点観測する「企業 IT 動向調査」の今年度版が一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)より発表されました。今回の調査結果では、IoTやビッグデータ、AIなど、近年注目されている新しいテクノロジーを重視する傾向が表れています。また、IT基盤としてのクラウド環境も重視されています。
IT投資で重視するテクノロジー

こうした新しいテクノロジーを有効に活用するためには、IT予算を最適に分配し、効果的なIT投資を行うことが必要となります。今回は調査結果から、IT予算やIT投資の動向と、IT投資を有効活用するためのIT部門の在り方について確認します。

「企業IT動向調査2016」に見るIT投資動向

まずIT予算について、前年と比べた増減という観点で確認したところ、前年よりも増加すると回答した企業が全体の3割強、同等と回答した企業が約半数を占めていました。つまり、全体の8割以上の企業がIT予算を前年に比べて同等、またはそれ以上にすると考えております。
売上高別IT予算の上限

企業の売上高規模別に見たところ、IT予算を前年と同等以上とする企業は、売上高が1兆円以上の企業では7割程度ですが、売上高が少なくなるほどその割は増加し、売上高が100億円以下の企業では9割以上となっております。つまり大企業よりも中堅企業の方がIT投資に積極的であるという傾向があります。

このようにして確保したIT予算によってどのような経営課題を解決したいか、上位3項目を回答して集計した結果は以下の通りです。例年と同様、
・「業務プロセスの効率化(省力化、業務コスト削減)」
・「迅速な業績把握、情報把握(リアルタイム経営)」
の2項目に対する回答が多く、それぞれ2割以上の企業が1位と回答しました。
IT投資で解決したい経営課題

弊社ではこの質問に対する回答順位別だけでなく、いわゆる「攻め」と「守り」のIT投資に分けて内容を確認しています。なお、それぞれのIT投資の内容は以下の通りです。

・「攻め」のIT投資:IT活用による新たな価値創出や競争力の強化を目指すIT投資
・「守り」のIT投資:社内の業務効率化・コスト削減などを目的としたIT投資

例年、IT投資への期待は「守り」のIT投資が重視される傾向にあります。今回の調査でも、昨今の世相を反映した、セキュリティ確保や業務ミスの削減等、企業にとってのリスク要因をITによってカバーしようと考える傾向が強く表れています。一方で、営業力の強化や商品・サービスの差別化など、「攻め」のIT投資への関心が以前に比べて高くなっている印象があります。

経営課題を解決するためにIT投資を適切に行うためには、経営戦略とIT戦略とで相互に課題を共通認識し、整合させることが必要となります。そのため、適切なIT投資を行う企業は経営戦略とIT戦略との関係性が強くなります。そこで各企業に経営戦略とIT戦略との関係性を確認したところ、「経営戦略を実現するためにIT戦略は無くてはならない」と回答した企業は全体の約2割でした。
売上高別で見た経営戦略とIT戦略の関係
この結果を売上高別に見ると、売上高が大きい企業ほど経営戦略とIT戦略との関係性が強いという傾向があります。売上高が高いということは業務の規模が大きいことを意味しており、この業務量を達成するためにはどうしてもITを活用しなければならないということの表れだと考えます。一方で、売上高が低くなるにつれて経営戦略とIT戦略との結びつきは弱くなり、売上高100億円以下の企業の約3割はIT戦略自体検討されていないという結果となっています。先ほど確認した通り、この層のIT投資意欲は高くなっていることから、今後はIT投資を効率的に回収するためのIT戦略の構築と実施後の評価を行うようになるのでは、と予想されます。

有効なIT投資を行うためのIT部門の在り方

IT投資の全体的な傾向について、8割以上の企業が前年と同等、またはそれ以上という回答であったことから、全体的にはIT投資に対して積極的に考えている企業が大半であることを示しています。企業の売上高別に見ると、上記で確認した通り売上高100億円以下の企業は前年と同等以上のIT予算を組んでいる企業は全体の約9割ですが、売上高規模が大きくなるにつれてこの割合は減少し、売上高1兆円以上の企業ではおよそ7割となっています。恐らくは一般に考えられている傾向とは逆のイメージであるように見えます。ただ、この内容を見ただけで売上高の大きい大企業はIT投資にあまり積極的ではないと考えてはいけません。
以下に示したのはビジネスのデジタル化について、企業の売上高別に確認した結果となっています。「ビジネスのデジタル化」という表現は抽象的なのですが、今回のJUASの調査では「ITの進化により、様々なヒト・モノ・コトの情報がつながることで、競争優位性の高い新たなサービスやビジネスモデルを実現すること」と定義しているようです。
売上高別ビジネスのデジタル化検討状況
この結果を見ると、売上高1兆円以上の企業では約半数がビジネスのデジタル化を実施していますが、売上高100億円以下の企業では1割にも満たない状況です。つまり、売上高1兆円規模の企業はIT投資意欲が無いわけではなく、「ビジネスのデジタル化」を実現するための大規模なIT投資を実施した企業が多く、結果として前年よりIT予算が減少したと考えるべきでしょう。一方、売上げ高規模の小さい企業におけるビジネスのデジタル化はまだまだこれからであり、積極的な企業はそのためにIT予算が増加したのでしょう。

このような「ビジネスのデジタル化」を始め、効果的なIT投資を行うためには、経営戦略とIT戦略を整合させ、効果的かつ効率的なIT投資を行うことが必要です。以下に、経営課題に対してIT投資を優先的に振り向けることのできた企業に対して、そのようなIT投資を実現できた理由について確認しています。
経営課題にIT投資が振り向けられた理由
上記の理由を見ると、経営課題を解決するために有効にIT投資を行うためには経営層とIT部門、事業部門とIT部門が密に連携することが重要な要素だということが分かります。また、経営層がITに理解を示し、必要なIT投資に対して後押しする環境が構築されていることも重要だと考えられます。

IT部門が経営層や事業部門との良好な関係性を築くには、IT部門に何が期待されているのかを理解することも必要です。以下は、ビジネスのデジタル化の過程でIT部門が求められる役割について確認したものです。左側が企業全体、右側がビジネスのデジタル化を実施した企業のみの回答を取り纏めたものです。
デジタル化においてIT部門に重視される役割
全企業から1位として多かったのは「新技術の調査・導入」、次いで「素早く導入・変更できるIT基盤の用意」でした。さらに「既存システムの容易な連携」「データ分析・活用の仕組構築」と、IT部門が担うべき項目が続きます。事業部門が担う「ビジネス創出」を挙げた企業は少数でした。
一方で、ビジネスのデジタル化を既に実施している企業の回答のみを抜き出して整理すると、若干異なる傾向が見られます。上位2項目「新技術の調査・導入」「素早く導入・変更できるIT基盤の用意」の順位は変わりませんが、両社を1位とする企業が2割ほど増加しております。一方、「既存システムの容易な連携」「データ分析・活用の仕組構築」を1位に挙げた企業の割合は半分以下となっております。このことは、経営層や事業部門が望むビジネスのデジタル化を実現するためのテクノロジーやIT基盤を、事業部門のスピード感で対応して欲しいということだと考えます。裏を返せば、従来のIT部門のスピード感は事業部門から見れば物足りなさを感じているということです。
もう一つの特徴として、本来は事業部門が担う「ビジネス創出」の活動をIT部門にも期待する企業の割合が増えていることです。つまり、ビジネスのデジタル化を実現し、成果を上げている企業では、IT部門に対して「守り」の役割ではなく、「攻め」の役割を担うことを求めているということです。

IT部門が新しい技術を導入したり、IT基盤を構築したりするプロセスは古くからのウォーターフォールプロセスに依存しています。しかし、長い時間をかけて要件を決め、設計を行い、更に長い時間をかけて開発、テストを行ってサービスインするというプロセスでは、現在の事業環境における変化のスピードについていけないことを理解する必要があります。こうした意を解決するための手法として、かなり以前からプロトタイピングやアジャイルなどの手法が紹介されていますが、業界の主流になるまでには至っていません。しかし、今の事業環境では「走りながら創っていく」活動がどうしても求められます。IT部門の活動も事業部門と同じスピード感で対応しなければならないと考えております。

また、色々な方の話をお聞きしたり、記事等を拝見したりすると、上記で提示したIT部門と経営層や事業部門との関係性や環境を構築するのは経営層次第だと考えるIT責任者やIT担当者が多いように見受けられます。もちろん、ITはよくわからない、という理由で敬遠する経営層がいない訳ではありません。しかし、経営者がITのことはよくわからない、と言うのは、もともとベースになる知識が乏しいのもありますが、IT責任者やIT担当者がよく分からないものを分かるように説明していないことにも原因があると考えております。ITの世界ではカタカナ語や三文字英語などの専門用語が数多く存在します。こうした言葉をIT部門で話すのと同様に経営層に話しても分かるわけがありません。ITの世界では当たり前のことでも、事業部門や経営層から見たらわからないことはたくさんあります。また、逆も同じで、IT責任者やIT担当者は経営層や事業部門の言いたいことを理解する必要があります。相互が歩み寄ることで、お互いの関係も改善できるでしょう。

IT投資の最適化を目指すIT投資ポートフォリオの策定

IT投資の最適化を目指すためには経営層や事業部門と緊密な関係を構築し、経営目標や事業目標を達成するための施策の一環としてIT投資案件を検討すべきです。個々の検討チームは担当するIT投資案件について、当該案件が全社で最優先されるべきだと考える傾向にあり、その必要性や効果を説明します。しかし、企業や組織のリソースには限りがあるため、経営層は投下可能なリソースの範囲内に収まるようにIT投資案件を評価選定し、優先度を策定する必要があります。そのため、幾つもあるIT投資案件を俯瞰的に把握し、客観的に評価するためのIT投資ポートフォリオを策定することをお勧めします。
IT投資ポートフォリオの策定手順は様々な手法がありますが、以下に簡単な例を紹介します。
IT投資ポートフォリオ策定イメージ
様々なIT投資案件について取り纏めた後、どのような観点で評価するか、評価軸を設定します。経営の視点から見れば、「経営戦略との整合性」「期待効果」「投資規模」あたりが必要になります。「期待効果」には定量的、定性的双方の内容が含まれます。「投資規模」も全体と年度ごとの観点で評価すべきです。これに加えてリスクや複雑性、技術的先進性、将来性、といった内容が考えられます。
評価軸が決まれば、それぞれの評価軸毎に具体的な評価項目を設定します。評価項目は3~5項目程度あれば良いでしょう。そして、それぞれの評価項目に対してスコアを設定します。こちらも3段階、または5段階の評価ができればよいと考えます。また、必要に応じて重みづけを設定します。
以上の作業でIT投資案件ごとのスコア一覧が作成されます。最終的には全体を俯瞰して調整を行い、最終的なIT投資案件の優先度を決定します。
ここで注意しなければならないのは、スコアの内容に関わらず、必ず実施すべきIT投資案件の存在です。例えば、制度対応案件や機器・ソフトウェアの更改が代表的な内容になります。
このようにIT投資案件をポートフォリオ管理することで、ITに不案内な経営層であっても、どのIT投資案件が重要なのか、速やかに実施すべきか判断できるようになります。一方でIT部門は、経営者が投資判断できるよう、適切な資料やデータを提示することが求められます。

参考
一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)
JUASライブラリー「企業IT動向調査」

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